小学校の同級生の友人が飛び降り自殺をしました。30代なかばで自ら命をたったそうです。
今年の3月までは元気でLINENのやり取りをしていたそうですが、それから2ヶ月間に何があったのか知る由もありませんが、悲しい現実から目をそらさないで考えてみたいと思います。
お母さんの文章から
「母です。
娘をしっていて、娘を嫌いでなければ読んであげて下さい。
先月のに、娘 (36)は、マンションの9から飛び降り自殺していました。
今までの事を、反省した内容の動画と感謝し他内容、とくに、多かったのは。後悔、そして、最後に『私のことをどうか、忘れてもらえたら幸いです』
すみません?私も、まだ頭が混乱しております。
今まで、うちの子供に、優しくしてくれた方がほんとうにありがとうございました。」
お名前だけ伏せましたが、あとはそのまま掲載しました。
人は最後の瞬間まで希望と幸せを諦めなくて良い
ということをブログの記事にしたことがあります。
しかし、みんながみんな、そうな風に思えるかどうかは分かりませんものね。
彼女もおそらくは、希望と幸せを諦めてしまったのでしょう。
お母さんの文章の中にある
『私のことをどうか、忘れてもらえたら幸いです』
という言葉に心が震えます。
忘れないことが、なくなった方への供養になるのに。
忘れないことが、なくなった方への最後の優しさになるのに。
忘れないことが、同じ過ちを繰り返さない戒めになるのに。
誰でも、後悔することなんて山のようにある
同じくらい誰かに感謝することもあるでしょう。誰かから感謝されているかもしれません。なくなった方のことを「自らの希望」のように思っていた人もいるかも知れません。
しかし、彼女は『私のことをどうか、忘れてもらえたら幸いです』と書いたんですよね。
何かを傷つけてしまったら償えばいい。命で償うのは最後です。
何かを成し遂げることができなかったことは、諦めてもいい。できないことを知るのは罪ではありません。
嫌いな人がいれば、好きな人だって絶対にいる。
歴史上の偉人でもない限り、忘れさられるでしょう。でも、そんなものは時間に任せておけばいいのです。
なんか悲しいですよね。同じ時間を生きてきたのに、「忘れてほしい」と望む人がいるなんて。
という投稿でした。
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